20140629
夏はぼくにとってフライヤーの季節。今年も続々と仕上がってきてます。一息つけるまでもうひとがんばり。
「星空の映画祭」。
満点の星空の下、夏の夢の一夜をどうぞ。
「八ヶ岳クラフト市 さわやか夏の市」。
手作りのよさを味わえます。お気に入りの一品をさがしてください。
「21世紀の縄文人展」。
現代ならではの個性豊かな自称「縄文人」たちの作品、音楽、踊り、語りなどなど。
原村ペンションマップ。
高原のお散歩のお供に。
「オラー縄文人だっ」。
原村が誇る縄文文化発信グループ「縄文阿久友の会」。内容盛りだくさん。
オイルバー
20140607
ウィンザー&ニュートンのオイルバーが届きました。これは、油絵具をスティック状にしたもので、クレヨンみたいに描けるすぐれもの。下の写真のように皮膜を剥いて使います。 しばらくしたら自然に新しい皮膜ができあがって中身を乾燥から守ってくれるので、後片付けも簡単。溶き油で薄めたり色を混ぜたりも普通にできます。
油彩で線を引く方法は、今まで3種類くらい自分で工夫して考えてきましたが、これでさらに幅が広がったかな?
ウィンザー&ニュートンのオイルバーが届きました。これは、油絵具をスティック状にしたもので、クレヨンみたいに描けるすぐれもの。下の写真のように皮膜を剥いて使います。 しばらくしたら自然に新しい皮膜ができあがって中身を乾燥から守ってくれるので、後片付けも簡単。溶き油で薄めたり色を混ぜたりも普通にできます。
油彩で線を引く方法は、今まで3種類くらい自分で工夫して考えてきましたが、これでさらに幅が広がったかな?
絵と音楽の午後
20140517
小松嘉門・吉野剛広二人展「森の記憶」会場のコロシアムイン蓼科で「絵と音楽の午後」が開催されました。
小松さんの大作を前にしての杉本周介さんのヴァージナル演奏は、画面と音楽が調和しながらせめぎ合うようで、素晴らしかったです。加藤謡子さんの妖艶な歌声も加わり、ひととき時間を忘れました。
来てくださったみなさん、お手伝いしてくださった方々、本当にありがとうございました。
小松嘉門・吉野剛広二人展「森の記憶」会場のコロシアムイン蓼科で「絵と音楽の午後」が開催されました。
小松さんの大作を前にしての杉本周介さんのヴァージナル演奏は、画面と音楽が調和しながらせめぎ合うようで、素晴らしかったです。加藤謡子さんの妖艶な歌声も加わり、ひととき時間を忘れました。
来てくださったみなさん、お手伝いしてくださった方々、本当にありがとうございました。
上野の森美術館大賞展 搬出顛末
20140509
今日は上野の森美術館大賞展の搬出日でして、ジムニーの屋根に作品をくくりつけて帰ってきました。突風で絵が飛んで行きそうになりながらの運転でした。街なかの、何の騒ぎじゃっていうくらいの人の多さにびびりました。東京は恐ろしかとこばい。
写真は入選のごほうびにもらった図録。
今日は上野の森美術館大賞展の搬出日でして、ジムニーの屋根に作品をくくりつけて帰ってきました。突風で絵が飛んで行きそうになりながらの運転でした。街なかの、何の騒ぎじゃっていうくらいの人の多さにびびりました。東京は恐ろしかとこばい。
写真は入選のごほうびにもらった図録。
小松嘉門・吉野剛広 二人展
5/14から6/24まで、女神湖のホテル「コロシアム・イン・蓼科」で「小松嘉門・吉野剛広 二人展」が開催されます。小松さんの大画面の木版画に圧倒されてください。5/17には杉本周介さんのチェンバロ演奏を楽しみつつ作品を味わう「絵と音楽の午後」も開催。入場無料。
作品は傷口
作品は傷口です。
傷口は皮膚の内と外をつないで、
自分が世界と出会う窓です。
血を流さなければ
その窓をひらくことはできません。
たとえ作品がどんなにほのぼのしていても
ひょうきんな顔をしていても
その裏からは血がしたたり落ちています。
傷口は皮膚の内と外をつないで、
自分が世界と出会う窓です。
血を流さなければ
その窓をひらくことはできません。
たとえ作品がどんなにほのぼのしていても
ひょうきんな顔をしていても
その裏からは血がしたたり落ちています。
森を歩いて
深い深い森を歩いて考えた。
もし人間が、自然の造形に負けない美を創造できるとしたら、それは技術や計算を凝らすことによってではなく、その計算の網の目から漏れ出た「何か」によって、なのだろう。
本当の美は、人間の計算の少し外側にある。修練によって計算がそれに追いついたと思ったら、逃げ水のようにそのまた少し向こうで手を振っている。とかく芸術はままならぬ。
もし人間が、自然の造形に負けない美を創造できるとしたら、それは技術や計算を凝らすことによってではなく、その計算の網の目から漏れ出た「何か」によって、なのだろう。
本当の美は、人間の計算の少し外側にある。修練によって計算がそれに追いついたと思ったら、逃げ水のようにそのまた少し向こうで手を振っている。とかく芸術はままならぬ。
言葉たち
「わかりやすい」絵を描こうとは、あまり思わない。わからなさの中に分け入ろうとする人にしか聞き取れない言葉が、この世界にはあるから。自分の絵の中に、そんな言葉たちが少しでも含まれていますように、と願うばかり。
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