20250607
元フィリピンパブだった我が家の改装工事をしています。
壁をアーチ型にぶち抜いて、その奥のカウンターを使えるように四苦八苦。
妻が店主となるカフェギャラリーがそのうちオープンする予定です。
本業の絵描きと並行してなので、改装作業もゆっくりです。
完成目標は今年の秋。展覧会のスケジュールはすでに入ってるので、間に合わなかったら途中のままでオープンしちゃうです。
通りすがりにでも冷やかしにのぞいてみてください。
20250607
元フィリピンパブだった我が家の改装工事をしています。
壁をアーチ型にぶち抜いて、その奥のカウンターを使えるように四苦八苦。
妻が店主となるカフェギャラリーがそのうちオープンする予定です。
本業の絵描きと並行してなので、改装作業もゆっくりです。
完成目標は今年の秋。展覧会のスケジュールはすでに入ってるので、間に合わなかったら途中のままでオープンしちゃうです。
通りすがりにでも冷やかしにのぞいてみてください。
20250519
「ジェノサイドをやめろ」と言う学生を許している大学は資金を止められる、というすごい国になったアメリカ。これが自称「自由と民主主義の国」というんだから、安倍晋三もびっくりです。
それでもNYUの卒業式では、ある学生が、学位を剥奪されるリスクを承知で、ジェノサイドを批判するスピーチをして会場からの拍手が鳴り止まない、ということがありました。彼の言葉の選び方や表情を見ていると、聡明さと強さと良心とを併せ持った尊敬すべき人格がよく伝わってきます。
「良心」は人間に生得的に備わったもので、若い人ほど、生物としての人類の本来の姿に近い、つまり良心を失わずに保てている人が多いように感じます。
「良心」の、動物行動学的な起源についてはいつかどこかで書きたいと思っています。
その前に、ネタニヤフをさっさと逮捕してください、世界さん。
ICCやICJの、あの判決はなんだったの?
20250504
パノラマ市場の20周年記念の看板を描きましたーーー
外壁に掛けるんですが、GW期間中は店内に展示(!)してくださるそうです。
間近で見て、いっぱいあらさがししてください。いや、しないでください。
20250308
トーテムポールのてっぺんにつける翼を作りましたが、ちょっと小さいなーと思ったので新たに作り直し。
最初の翼が余ったので、これに合わせてへんてこな鳥をつくりたくなったけれど、引き受けてまだ手つかずの仕事があと3つあるのでちょっと先になりそうです。
20250303
きれいな丸い石を見つけたので
自分の魂と置き換えてみた
魂は草の上に置いてきた
自分がこの森を離れる頃には
魂は血と肉を得て鳥になるだろう
トーテムポールを作りながら変な詩をひねり出すのは楽しいです。
不思議と、絵を描きながらだとそれはできません。
20250207
ここ3週間ほど、刃物研ぎばかりやっています。
木彫や大工仕事で使う鑿(のみ)とかナイフとか、その場しのぎのいい加減な研ぎ方を繰り返すうちに狂いが蓄積していき、やがてにっちもさっちもいかなくなるという、アベノミクス日銀みたいなことになってきたので、いったん腰を据えて根本的に直そうと思い立った次第です。
刃物と一緒に指まで研いでしまって、ひりひりします。
狂わすのは一瞬でできるけれど、それを修復するのはずいぶん時間のかかることです。
刃物は数日だけどアベノミクスからの回復は何十年かかることやら。
20250116
ここ4、5年で痛感するのは、
実利と無関係に見える「教養」にも、
うさんくさい情報をうさんくさいと感じる「嗅覚」が発達したり、
不確実な情報を「真偽未決」としてぶら下げたまま歩く「体力」を得られる、
という効用があることです。
もちろんそんなのは二次的な副産物であって、教養の本当の役割は
《「未知への憧憬」や「知る喜び」が人間を人間たらしめる》
というところにあるのは言うに及ばす。ですが。
そこでですね、聞いてください、
こないだNHKで高校生向けの「現代の国語」という番組を見てみたら、テーマが「面接の極意」、就職活動のプロによる模擬面接に挑戦!だって。この世の終わりを垣間見た気がしました。国語の時間まで企業戦士養成所の下請けになっちゃったのですね。
人間の形をしたなんかへんな生きものが政治を牛耳るようになったから、人間を人間たらしめる教養も不要になったということのようです。
手遅れになる前に、教育をはやく立て直さないと。
画像は「ひみつの村」(部分)
2024年、板に油彩
20250107
ある日、お腹の上で猫が眠り始めたので動けなくなり、仕事をさぼって頭の中でつくった詩です
↓
草むらに置き忘れられた縦笛は
血と肉を得て鳥になった
鳴りたいときに勝手に鳴る笛だから
鳥になっても好き勝手に鳴りながら
好き勝手に歩いた
もともと笛だから
故郷も家族もない
仲間を欲しいと思ったこともない
けれど樹とは何となく親しくなった
星たちの匂いが満ちて
こだまや岩が目覚める季節になると
樹は高く低く鳴る
すると笛鳥も鳴る
ふたりの合奏は
互いに合わせるでもなく
てんでに鳴り
終わりたいときにてんでに終わる
やがて季節が移ると
鳥は雪解け水の流れを越えて
どこかへ飛んで行った
20241230
展覧会ふたつ、開催中です。
小淵沢のレストラン、キッチンハートランドさん
1月31日まで、火水お休み
八ヶ岳倶楽部(ステージという建物)で6人展
1月3日まで
ご都合が合うところがあればぜひおいでください。
20241202
いま日本語で「遊び」と呼ばれているもののほとんどは実際は「遊ばされ」であって、本来DNAが欲している「遊び」とは次元が異なるようです。
「このように遊ばせてやろう」とする管理者の目をかいくぐる試みこそが「遊び」の本質だからです。
管理者の思惑どおりに「正しく遊ぶ」ような、ゲームとか習い事とかで日が暮れるのは、個人の成熟の妨げとしか思われません。
部活をさぼって河原でぼーっと雲を眺める時間のほうがよほど有意義だとぼくは思います。
わしゃー、これからもぼーっと生きてやるぞー。