20231102
名古屋のギャラリー紗季さんでの個展が明日からです。
動物たちも初めての名古屋出張に張り切っています。
オーナーさんが親切にしてくださって、楽しいにぎやかな展示になりました〜
日程など詳細はDMの画像参照。
20231102
名古屋のギャラリー紗季さんでの個展が明日からです。
動物たちも初めての名古屋出張に張り切っています。
オーナーさんが親切にしてくださって、楽しいにぎやかな展示になりました〜
日程など詳細はDMの画像参照。
20231026
アーティストは炭鉱のカナリヤだと以前にいいました。
だから、世界や日本がこんな大変なことになってるからには、自分が真っ先に倒れるざまを見せるのでなければ職務怠慢なようですが、なぜかまだしぶとく絵描きをやっております。
倒れる前に一矢報いようとじたばたしてるさまをご覧いただける個展のご案内です。
名古屋のギャラリー紗季さんで、来月3日から。
お近くの方、なにかのついでのある方、ぜひー。
そんなこんなで、ニュースに心を痛めては毎日おろおろしています。
長年パレスチナを奪搾暴圧してきたイスラエルの所業を鑑みれば、テロを生んだのはハマスではない。憎しみである。だから、新しい憎しみの発生するかたちでいくらハマスを撲滅しても、第2第3のハマスが出てくるだけ。消すべきはハマスではなくて憎しみ。
なんていうと、右翼は笑うでしょう。中国が香港を、ミャンマー軍が自国の市民を、憎しみを残したまま、力で黙らせることに成功したじゃないか、もう国際社会もなにも言わなくなったよ、と。
右翼さんにしてみれば、そうやって強いものが生き残る世界で自分も強くなれば満足でしょう。が、アーティストにとっては、世界で自分が生存可能である、というだけでは足りません。「生きるに値する、よき世界」にいられなければ仕事も呼吸もできません。
いくら自分がたまたま強者たり得たとしても、弱者を害虫のように踏みつける強者が支配するならば、それが「よき世界」であるわけがありません。より強い者がいつか現れて、自分が害虫として撲滅されるだけなのですから。
かといって彼らに言葉は届かない。彼らに通用するのは「力」だけ。
「力ではなく道理の通用する、言葉の届く、よき世界」を、核戦争が起きる前にどうにかして発明しなければ、われわれ、強者も弱者もみんな仲よく自己撲滅ということになりますが、右翼のみなさんはそれでいいのでしょうかね。
20231020
20231014
「ちょっと人類ちゃん、まさか21世紀にもなって、ホロコーストの再来を見ることになるとは思わなかったよ!
バイデンもマクロンも、ネタニヤフのやることをただ指くわえて見てるわけ?
岸田には最初から期待してないけど。
と憤る みみずく(おおこのはずく)」
2023年 紙にアクリルガッシュ
20231003
「つくづく、「まじめ」とはなんだろうと思います。
太平洋戦争のときに、軍の狂った上層部は別として、現場の「兵隊さん」たちがあれだけの残虐さを発揮したのは、日本人が好戦的だからというよりは、「まじめ」だからだと思います。
戦争ではまじめに人を殺すべきだ、残虐であるほど「良い」のだと信じて、自分の中の残虐性を、世界一の「まじめさ」でもって鼓舞してあれだけのレベルにまで持っていった。
一方、本土に残った人たちは世界一のまじめさを忍耐力の方向に発揮して、未曾有の「欲しがりません勝つまでは」を体現してみせた。
ものさしを他者の眼の中にしか見いだせない人が「まじめ」であった場合にどういうことになるか、先の戦争はそれを教えてくれた壮大な教訓だったのだと思います。
翻って現代。
岸田政権の無能無策に文句一ついわず「まじめに」節約に励み、「コロナとかウクライナ情勢とかあったからしょうがないよね」といって、「でも景気は上昇傾向ってテレビで言ってたよ、そんな気がしないのは自分の心がけが足りないのでしょう、でも最低賃金が50円上がったの、こんなご時世にありがたいわー」でまじめに今日もサービス残業。
そいういう忍耐強くまじめな宿主に出会った寄生虫はずいぶん幸運なことです。そうはいっても、寄生虫の繁栄には、宿主の健康が不可欠なんですよ。この世界一強靭で善良な宿主をさえ殺しにかかっている、日本の経団連とか自民党とかは、世界一愚かな寄生虫の見本として歴史の教科書に載るのでしょう。
でもそんなもの教科書に載せてもらっても誰もうれしくないので、なんとか早急に駆虫の手立てが必要です。
最大の駆虫薬は投票率の上昇です。
投票率世界第139位の国の人類ちゃん、まじめさを今度は投票の方向へ発揮しませんか?
と訴えるふくろうの親子」
2023年 紙にアクリルガッシュ
20230910
個展開催中です(土日月のみ25日まで)。
今回のために古い作品を倉庫の奥から発掘したので、ついでに作品撮影のやりなおしをしたりして、いっときフロアが魚河岸ごっこみたいになりました。片付けないでこのままにしたほうが楽しかったかもしれませんが、魚河岸はもうしまっちゃいました…あしからず
20230831
個展「今昔森語り」のご案内です
2023年9月2日〜25日(※ 土日月のみ開催)
11:00〜16:00
ギャラリー麓人舎にて
早いもので、原村時代を含めると八ヶ岳在住がもう16年になります。
今回は、その当初の暗中模索から今の作風に至るまでの移り変わりを見ていただこうと思って、未公開の古いのから今日完成予定の最新作までいろいろ取り揃える予定です。
古いのを引っ張り出してみていると、当時の葛藤やら不安やら、いろんなものが蘇ってきて、このありさまでよく今日まで生きてきたものだと感心します。生きる場を与えてくれたこの地には本当に感謝しています。
食いつなぐのに精一杯で誰かに恩返しすることもままならない日々ですが、そういうところも含めて「八ヶ岳の吉野」をできるだけさらけ出すつもりで、いろいろ準備しています。
気が向いたら見にきてください。
20230822
20230806
ちょっと前までは温暖化は「本当に存在するのかどうか」が議論されていたと思うのですが、やがて温暖化を「どう食い止めるか」、そしていまは ”12万年ぶり” の暑さ(熱さ)の地球で「どう生き残るか」へと、議論の中心があっという間に移っていきました。
ちょうど、「アベノミクスは害か益か」とかやっているうちにどんどん経済が落ち込んで、それを「どう食い止めるか」となり、やがて「どう生き残るか」へとみるみる変わっていったのとまったく同じです。
一部の環境活動家たちがやっている違法な破壊活動をぼくは称賛する気はありませんが、心境には同情します。かの若者たちはもの好きや道楽でそれをしているのではもちろんなく、むしろ、言葉の通じない幼児が意志を伝えられずに癇癪を起こすのに似ています。そして、彼らの場合、言葉が通じないのは、彼らの幼さのせいではなく、彼らの声に「大人の事情で」耳を塞いできたわれわれ大人の責任です。その反省なくして彼らの行動に眉をひそめる資格はない。
取れるはずの対策を取らなかった、のみならず、やってはいけないとわかっていることを目先の欲のためにやってしまう、というのは温暖化でもアベノミクスでもまったく同じ。(もっといえば五輪も万博も原発もマイナンバーも、現政権のやることはひとつ残らずそうだと言いたくなります。)
そこで思い出すのが、以前聞いた、縄文時代のあるお話です。
縄文人にとって猪は大事な食料のひとつで、貝塚からはたくさん猪の骨が出土します。
ふつうは成獣の骨しか出てこない。こどもは将来のために生かしておく。けれど、環境なり状況なりが変わって余裕がなくなってくるとこどもの骨が出てくる。飢えるから、こどもの肉もやむなく食べるのでしょう。そして、そういう集落はみんな、ほどなく消滅している。というお話でした。
「いま」ゆとりがなくて「将来」のための行動がとれない。「いま」の日本もまさにそういう状況です。(ただでさえそうなのに、史上最も言葉の通じない政権が防衛だ中抜きだ海外支援だといっては散財をして拍車をかけている。)
温暖化や円安ばかりではない、教育、少子化対策、研究、といった「将来」のための予算はことごとく後回しにされ、地方の貴重な文化遺産なんかも維持管理の予算がないから弊履の如く朽ちるに任され、つまりは国ごと、タコが自分のどの脚を食べるかみたいな議論の海をぷかぷか漂流している。
その結果、余裕も「悩む力」も尽きて言葉も通じなくなった「冷笑おじさん」が巷にあふれる。彼らは、手を伸ばせば届くところで溺れている人に、あなたの掴んだ藁がなぜそんなに小さいのかをニヤニヤしながら滔々と語る。気の利いた揶揄嘲笑を連発する「人気冷笑おじさん」を喝采しに行かなければならないから忙しいのよ、ではさようなら。そんな、心のない集団になり果ててしまった。
ぼくが先日、「芸術の本質は悩む力だ」とか偉そうなことを抜かしたのは、こういう現状に憤りを感じるからです。
悩むべきときに悩むのをやめてしまった人、けれどそう見えるのは恥ずかしいからすべてを高所から俯瞰して達観しているかのように振る舞う人、「できない理由」を並べるのに忙しい人、こういう「冷笑おじさん」ほど不要なものはこの世にそうそうないのではないでしょうか。
などとぷんすかしながらも、お口直しに森の散策路を歩いていると気持ちが鎮まってきて、さてーいい絵が描けそうだぞーと思えてくるので、さすが、自然の力は46億歳だけのことはある。
ひとり自然の中に身を置く、ということは、嘘の通じない相手と対峙するということです。これをやらなければ人間はどんどん狂っていくもののようです。「自然」と「孤独」と、どちらが欠けてもいけない。
いまやたらと樹を切りたがるどこかの国の政治家はひとり残らず3年間、森での一人暮らしを義務づけたらいいと思います。
画像は「巨樹の内なる街」(部分)2023年 キャンバスに油彩