個展開催のお知らせ

 20230831

個展「今昔森語り」のご案内です

2023年9月2日〜25日(※ 土日月のみ開催)
11:00〜16:00
ギャラリー麓人舎にて

早いもので、原村時代を含めると八ヶ岳在住がもう16年になります。
今回は、その当初の暗中模索から今の作風に至るまでの移り変わりを見ていただこうと思って、未公開の古いのから今日完成予定の最新作までいろいろ取り揃える予定です。
古いのを引っ張り出してみていると、当時の葛藤やら不安やら、いろんなものが蘇ってきて、このありさまでよく今日まで生きてきたものだと感心します。生きる場を与えてくれたこの地には本当に感謝しています。
食いつなぐのに精一杯で誰かに恩返しすることもままならない日々ですが、そういうところも含めて「八ヶ岳の吉野」をできるだけさらけ出すつもりで、いろいろ準備しています。
気が向いたら見にきてください。


 



汚染水

 20230822

え?え?
「たとえ数十年の長期に渡ろうとも全責任を持って対応することを約束します」?
数十年後、誰がどこで何をしてくれるのですか?
「最後の一人まで年金を正しくチェックしてお支払いします」から始まって「漁業関係者の理解なしにいかなる処分もしない」に至るまでどれだけの約束破りをしてきたか誰にも数えられなくなって久しい自民党政権が何を寝言言ってるのですか?
言語が言語として機能していない。これもひとつの言語の殺され方か。民主主義を殺すためにまず言語を殺しにかかるという手法は小泉政権から目立ち始め、官房長官時代の菅が完成させた。自信満々に断言したら論理なんかなくても押し通せちゃった、こりゃー楽ちん。(これは太古の昔からサイコパスがやってきたことでもある。)
総理の答弁に「論理」が存在しないんだもの、メディアさん、「総理大臣が約束してくださいました♪」じゃないでしょう?「大変たいへん、なんと総理の答弁に論理が存在しないんですよ!!」という重大事をこそニュースにしないで何がニュースだというの?
モリカケ桜よりずーっと前から続いてきた、メディアの伝統芸「太鼓持ち」。
メディアが、報道の自由の使い方がわからなくて持て余してる国。これでは民主主義が滅びるの当たり前です。あ、滅びるもなにも、最初からそんなものなかったかしら。
 

 

 

温暖化とか、冷笑おじさんとか

 20230806

ちょっと前までは温暖化は「本当に存在するのかどうか」が議論されていたと思うのですが、やがて温暖化を「どう食い止めるか」、そしていまは ”12万年ぶり” の暑さ(熱さ)の地球で「どう生き残るか」へと、議論の中心があっという間に移っていきました。
ちょうど、「アベノミクスは害か益か」とかやっているうちにどんどん経済が落ち込んで、それを「どう食い止めるか」となり、やがて「どう生き残るか」へとみるみる変わっていったのとまったく同じです。

一部の環境活動家たちがやっている違法な破壊活動をぼくは称賛する気はありませんが、心境には同情します。かの若者たちはもの好きや道楽でそれをしているのではもちろんなく、むしろ、言葉の通じない幼児が意志を伝えられずに癇癪を起こすのに似ています。そして、彼らの場合、言葉が通じないのは、彼らの幼さのせいではなく、彼らの声に「大人の事情で」耳を塞いできたわれわれ大人の責任です。その反省なくして彼らの行動に眉をひそめる資格はない。

取れるはずの対策を取らなかった、のみならず、やってはいけないとわかっていることを目先の欲のためにやってしまう、というのは温暖化でもアベノミクスでもまったく同じ。(もっといえば五輪も万博も原発もマイナンバーも、現政権のやることはひとつ残らずそうだと言いたくなります。)

そこで思い出すのが、以前聞いた、縄文時代のあるお話です。
縄文人にとって猪は大事な食料のひとつで、貝塚からはたくさん猪の骨が出土します。
ふつうは成獣の骨しか出てこない。こどもは将来のために生かしておく。けれど、環境なり状況なりが変わって余裕がなくなってくるとこどもの骨が出てくる。飢えるから、こどもの肉もやむなく食べるのでしょう。そして、そういう集落はみんな、ほどなく消滅している。というお話でした。

「いま」ゆとりがなくて「将来」のための行動がとれない。「いま」の日本もまさにそういう状況です。(ただでさえそうなのに、史上最も言葉の通じない政権が防衛だ中抜きだ海外支援だといっては散財をして拍車をかけている。)
温暖化や円安ばかりではない、教育、少子化対策、研究、といった「将来」のための予算はことごとく後回しにされ、地方の貴重な文化遺産なんかも維持管理の予算がないから弊履の如く朽ちるに任され、つまりは国ごと、タコが自分のどの脚を食べるかみたいな議論の海をぷかぷか漂流している。
その結果、余裕も「悩む力」も尽きて言葉も通じなくなった「冷笑おじさん」が巷にあふれる。彼らは、手を伸ばせば届くところで溺れている人に、あなたの掴んだ藁がなぜそんなに小さいのかをニヤニヤしながら滔々と語る。気の利いた揶揄嘲笑を連発する「人気冷笑おじさん」を喝采しに行かなければならないから忙しいのよ、ではさようなら。そんな、心のない集団になり果ててしまった。

ぼくが先日、「芸術の本質は悩む力だ」とか偉そうなことを抜かしたのは、こういう現状に憤りを感じるからです。
悩むべきときに悩むのをやめてしまった人、けれどそう見えるのは恥ずかしいからすべてを高所から俯瞰して達観しているかのように振る舞う人、「できない理由」を並べるのに忙しい人、こういう「冷笑おじさん」ほど不要なものはこの世にそうそうないのではないでしょうか。

などとぷんすかしながらも、お口直しに森の散策路を歩いていると気持ちが鎮まってきて、さてーいい絵が描けそうだぞーと思えてくるので、さすが、自然の力は46億歳だけのことはある。
ひとり自然の中に身を置く、ということは、嘘の通じない相手と対峙するということです。これをやらなければ人間はどんどん狂っていくもののようです。「自然」と「孤独」と、どちらが欠けてもいけない。

いまやたらと樹を切りたがるどこかの国の政治家はひとり残らず3年間、森での一人暮らしを義務づけたらいいと思います。

画像は「巨樹の内なる街」(部分)2023年 キャンバスに油彩

非戦の想像力展

 20230802

「力には力を」の出口なき堂々めぐりからどう脱却するか。
答えはあるのかないのか、誰にもわかりません。
だから、悩み続けなければいけません。
そのために必要な、
「悩む力」
「迷う力」
「おろおろし続ける力」
こそ芸術の本質ではないかと思います。
非戦の想像力展、8月4日から。


 

 

個展「見知らぬ森 2」始まりました

 20230718

高原ロッジでの個展「見知らぬ森」2が始まりました。
今月31日まで。油彩を中心に新作をたくさん出してます。

このごろは標高1000m越えてる我が家でも暑い日が続きますが、それよりさらに500mくらい?高いここはさすがに違いました。外と行き来して搬入作業をやってた昼頃でも「心地よい汗」くらいで、ちっとも苦痛を感じません。
よかったら避暑がてらのぞきに来てください。

八ヶ岳高原ロッジ(TEL 0267-98-2131)にて
2023年7月18日〜31日(最終日は11:00まで)
会期中無休
長野県南佐久郡南牧村八ヶ岳高原海の口





個展「見知らぬ森」2

 20230715

わからないことを「わからない」ときちんと言えることは少なくとも科学の世界の住人であることの最低条件のひとつです。政府やIAEAはその点どうでしょうか。
メルトダウンした燃料に直接触れた水を海に流した前例はないはずですから、トリチウム以外の核種については、どれをどれだけ海に流したらどういう影響が出るかなんて、一定の仮定のもとでの机上の計算しかできないでしょう。それが複雑な太平洋やそこに住む生きものたちの実際の挙動をどれだけ考慮できるのか。実際に流してみなければわかりようがないことはたくさんあるはずです。ですから、少なくともIAEAよりは信用できそうなWHOはそこを評価する基準を持たずにいます(トリチウム以外)。
放出賛成派は「科学に基づいて」といいますし科学に基づくべきなのはそのとおりですが、実際は彼らの多くはただ「IAEAに基づいて」るだけ、そしてIAEAはただ「あのうそつきで有名な東電の出してきたデータに基づいて」るだけ、そして当のIAEAは「わしゃー責任はとらんよ」とはっきり言っています。

習近平は人類に害悪しかもたらさないろくでもない人間だと思いますが、それでも今回の放出に関して賛成派と反対派の両方をざっと比べてみると、中国側の理屈のほうに、賛成派の理屈よりもより大きな理があるようにみえます。

学問的な専門分野について、素人が的外れなことを言うのはよくあることです。少し前にも、ウイルスと細菌の区別もつかない人が「コロナの正体を教えてやる」とありがたい説教をくださることもあったし、中央値と平均値の区別もつかない人が経済を論じていてびっくりすることもあります。
なので、ぼくも原子力の分野でそのような妄言を吐いているのかもしれませんが、それでも、少なくとも今回の「処理水=汚染水」の放出にははっきり反対します。その理由は、放出派の人たちの言動が信用ならないからです。

専門外のことについて、それでもなんらかの態度を決めなければならない場面はいくらでもあります。そのとき、正しい結論を求めるために大学に入り直して一から勉強するのも素敵ですが、それは一回の人生で何度もできることではない。ですから、そいういうときには「誰を信用するか」を何らかの基準に基づいて決めるしかありません。
この基準には、わからないことを「わからない」と言えること、間違っているとわかったら訂正できること、反対意見に対しては(揶揄嘲笑ではなく)情理を尽くして説得なり反論なりできること、などは少なくとも含まれていなければいけません。
「漁業関係者の理解なしにいかなる処分もしない」という約束を平気で破る人間は論外です。方針を変えるというなら「漁業関係者が理解しようがしまいがIAEAの報告に基づいて処分するという方針に変更します」と堂々と言い、その必要性について情理を尽くして我々を説得しようとしてみせなければいけません。
それをしようとせずただ質問をはぐらかして数の力で押し切ろうとするだけの人に「私を信用してください」と言われても、それはちょっと無理な相談です。

個展のご案内です。
なるべく新作を多く出せるようにがんばってます。
吉野剛広個展「見知らぬ森」2
八ヶ岳高原ロッジ(TEL 0267-98-2131)にて
2023年7月18日〜31日(最終日は11:00まで)
会期中無休
長野県南佐久郡南牧村八ヶ岳高原海ノ口


 


すごろく

 20230707

今日から、原村の八ヶ岳自然文化園でクラフト市です。
今回のフライヤーはすごろくにしてみましたよー
ぼくは18日からの個展の準備であわあわしていて行けませんが、ご都合つく方はぜひ。


 

投函箱

 20230701

イベントのチラシいろいろ制作したり、作品集制作のご依頼を受けたり、自分の作品を描いたりして過ごしています。
きのうは次の個展に向けて、投函箱を作りました。
いままで個展では芳名帳や感想ノートを開いて置いていましたが、最近は個人情報をさらすのがNGという会場もあるので、今度からこれに投函していただこうと思っています。
次回からの展覧会のDM送付をご希望される方は住所を書いて放り込んでください。
その他、感想や伝言などなんでもどうぞ。

問題は、ふたが開くように作ってないので、中身をどうやって取り出すのか。


 

静かな雨

 20230610

日本語はほんとうに美しいものだと初めて身に沁みて感じたのは、寺田寅彦を読んだ20代のことでした。
中でも「声を出さずに読みたい日本語」第一位はこのくだりです。

「梅雨期が来ると一雨ごとに緑の毛氈が濃密になるのが、不注意なものの目にもきわ立って見える。静かな雨が音もなく芝生に落ちて吸い込まれているのを見ていると、ほんとうに天界の甘露を含んだ一滴一滴を、数限りもない若芽が、その葉脈の一つ一つを歓喜に波打たせながら、息もつかずに飲み干しているような気がする。」
(寺田寅彦「芝生」より)

以来、今に至るまで、寺田寅彦随筆集全5巻を何回繰り返し読んだかわかりません。
静かな雨の日にひとりで読む寺田寅彦はなにものにも替えられない贅沢です。

画像は「静かな雨」2023年 キャンバスに油彩



G7

 20230522

「プーチンのあの馬鹿な侵略行為がなければ、今回のG7は何がメインテーマになっていただろうか。
食料?
貧困?
気候変動?
もしかしたら「どうやって習近平をやっつけるか」くらいなことでしょうかね。
今回のG7について、
対米従属の鉄砲玉主義陣営は「すばらしい成果だ」と大喝采の一方で、平和主義者は「広島の思いを踏みにじった」と大ブーイング。
そりゃーそうでしょう。「核軍縮はやりたいけどあのひとやこのひとのせいでできないのよ、お利口さんならわかるよね」というだけのメッセージが、わざわざ被爆地を発信地に選んだ「広島ビジョン」だっていうんですから。
せめて口先だけでも、「力には力をという出口なきジレンマを解決できず、核廃絶を実現できずにいる我々自身が恥ずかしく、原爆の犠牲者の御霊に申しわけなく思います」くらいの語彙の持ち合わせがないものでしょうか。
日本がロシアと敵対するぞという決意は以前から示されていたわけですから、今回ゼレンスキーが招かれてプーチンが招かれなかった不均衡について今さらなんの感慨もありません。ただ、アメリカとその一味が、仲裁なり説得なりする料簡をはなから持たぬまま、プーチンが「参りました」と言うまでやっつけ続けるだけの、アメリカのアニメヒーローみたいな態度で本当にいいのでしょうか。
プーチンが「参りました」という前に核のボタンに手をかける可能性については、「そんな、自分まで破滅するような愚かなことはしないよね」ということにして澄ましている。ちょうど「全電源崩壊は起こりえない」といって大惨事を招いたどこかの元首相みたい。
まあ、逆上させないようにちょっとずつやっつけていけばだいじょぶよ、ということのようですが、心もとないことこの上ない。
そして、そんな騒動の陰で食料危機の足音が近づいています。問題の構造上、戦争が終われば解決するような簡単なものではなさそうです。それに対して我が国政府はもう「弱い人には死んでもらいます」という方策しか打ち出さないだろうことは、「いま」まさに酪農家をどんどん廃業させて知らん顔しているのをみていたらいやでもわかります。
飢えた国民に知らん顔の政府が、倍増した防衛費を、国民を守るために使いこなせるわけがないのは当たり前だと思うのですが、鉄砲玉主義のみなさんはどうお考えなのでしょうか。
と訝っているおなが」
2023年 紙にアクリル絵具