20211110
20211103
衆院選の結果が出ました。これだけの愚劣さと失政を満天下に晒したあとの選挙にもかかわらず政権がびくともしなかったのは驚くべきことです。
投票率とその国民の主観的幸福度(幸福と感じる度合い)とは強い相関があるそうですよ。
我が国の投票率は世界139位。
幸福度は先進国最低レベル。
報道の自由度67位。
なのにジャーナリストが「自分は権力の監視役を果たしている」と信じている度合いは世界一(おととしのデータです、いまは知りません)。
今回の衆院選をみていると、かの連中は政権交代が二度と起きないシステムをすっかり完成させたと思わざるを得ません。政治に関心を持たせず権力者におとなしく従わせる教育、利権構造に組み込まれたメディア、広告代理店的情報工作ノウハウの確立。そのたいろいろ。その中に「善政を敷く」というのを含めてくれていいのですがそれはないようで。
もう一度国土を焼け野原にしなければ政治は変えられないのでしょうか。
もうすぐ衆院選
20121027
もうすぐ衆院選ですが、マスコミは相変わらず伝書鳩か九官鳥みたいに「誰それがこう言ってます」、そして競馬新聞みたいに「誰々がリード」「どこそこが何議席をうかがう」とかの予想ばかり。
アメリカの大統領選のときはトランプのやってきたことをあんなに熱心に検証して紹介してくれた我が国のメディアでしたが、自国のこととなるとなぜか政権がいままでやってきたことの総括や検証を意地でもやりたくないようです。権力者らがついた嘘、破った約束、達成できなかった目標、答えなかった質問、犯した不正、隠蔽した情報などなど、いくらでも報道することはあるでしょうに。あ、もちろん、政権がしてくれた善行も紹介してくれていいのですよ、もしあれば、ですが。
アベスガ政権の最大の功績(?)は、政治がなんのためにあるのかわからなくしたことだと思います。市民の幸せのためにあるのか、忠犬に甘い汁を分配するためにあるのか、もうぼくにはわかりません。まるで、権力を勝ち取った勝者がそのご褒美に好き勝手なことをする権利のことを「政治」と呼んでいるかのようです。
アメリカはトランプの狂気の4年間を抜け出して多少は正気に戻りつつあるようですが、日本は「悪夢の自公政権」がもう9年も続いています。強者が弱者をむしる自由だけを「自由」と呼ぶ、弱肉強食の世界がはやく終わってほしい、と祈りながら、きのう、期日前投票をしました。
「三日月の森」2021 キャンバスに油彩
小松嘉門さんとの二人展「MESSAGE FROM FOREST」開催します
20210916
信州富士見町とバリ島を拠点に木版画を制作している小松嘉門さんと、ギャラリー麓人舎に棲みつく吉野剛広との二人展を開催します。
どちらも制作テーマが「森」でありながら作風はまったく対照的なふたりの7年ぶりの競演。
どんな空間になるのか、お楽しみに。
9/18(土)ー10/17(日)11:00ー17:00
土・日・月・火曜日オープン、水・木・金曜日はお休みです
ギャラリー麓人舎にて
脱炭素
20210810
「首相が原稿を間違えずに読みました」ということがニュースになるような心細い国もあるようですが、それでも温暖化問題は待ったなしの大問題なのはかわりがなく、ほんとうに頭が痛いことです。
「脱炭素」政策でどうしても納得がいかないのは、温暖化の防止という本来の目的が見失われ、その手段に過ぎないはずのCO2排出削減が目的にすり替わっているようにみえることです。
ソーラー発電はたしかに火力発電に比べたらCO2排出は少ないかもしれませんが、せっかくCO2を吸収してくれる樹木を根こそぎにしてそれを建てるのでは本末転倒です。また、原発は海水を直接温めなければ成立しないシステムなので、いくらCO2を排出しないといっても、結果的には海洋の温暖化がもれなくついてきます。
そして目的のためにいちばん確実な方法であるところの「節電しましょう」という呼びかけがまったく聞こえてこない。それは節電はカネにならないからでしょう。(節電技術を開発して売る商売を除いては)。これは、当局が本当は温暖化なんかどうでもよくて、「脱炭素」という耳ざわりのよい呼びかけを利用してどうやってカネと利権を生み出すかしか考えていないことの証左にしかみえません。
不勉強ゆえにぼくの見え方が間違っているだけならいいのですが、コロナ対策をみてもいまの政府に科学的思考力がまったくないのは明らかなので、なんとも悩ましいところです。
なんでもかんでもカネカネカネ。いま、食糧、水、エネルギーなどはほとんどの人にとってはカネと引き換えにしか手にできないものになってしまいました。その中で、奇跡的に酸素だけはいまだに誰でも自由に吸ったり吐いたりできる貴重な資源です。でもそれもやがて、人工光合成なんかが開発されてしまったら、その技術を独占する連中が「もう森なんか必要ないよね」と森を焼き尽くして、彼らにお金を払わないと呼吸もできない世の中になるかもしれません。
もうひとつの森2021 開催
20210612
個展のお知らせですです
自宅の作業場を改装した「ギャラリー麓人舎」にて
6月12日から29日までの土・日・月・火曜日、11:00から16:00
うちにある古い作品から現在制作中の新作までのうち、どれをどのように出そうかなと思案中です。
思えば長いこと絵描きとしてやってこれたのもみなさんのおかげですので、なんとか喜んでいただける展示をしようとがんばっております。ぜひ足をお運びください。
ポストカードブック出版
20210529
草枕社という出版社から、ぼくの作品を載せたポストカードブックが出版されることになりました。6月15発行。
本のかたちですが1枚ずつ切り離して絵はがきとしても使えるものです。タイトルは「FOREST ZOO 森のいきものたち」。
草枕社は富士見町の小さな出版社です。商売最優先ではなく、芸術家が作品を作るように本をつくります。今回も、本当にいいと思える本をつくるために作品選定から印刷まで時間をかけてじっくりと考えてくださいました。ありがとう!
以下は出版に寄せてぼくが書いた紹介文です。
↓
「深い深い森を歩いて考えた。 もし人間が、自然の造形に負けない美を創造できるとしたら、それは技術や計算を凝らすことによってではなく、その計算の網の目から漏れ出た「何か」によって、なのだろう。本当の美は、人間の計算の少し外側にある。修練によって計算がそれに追いついたと思ったら、逃げ水のようにそのまた少し向こうで手を振っている。とかく芸術はままならぬ。」
この文は、2007年にぼくが八ヶ岳に移住して間もなくのころに書いたものです。以来、かつてこの地に栄えた縄文文化にあこがれを抱きながら、一貫して森をテーマに制作してきました。森は、微生物のような小さなものから、光や風のような大きなものまでの森羅万象が複雑に関係しあって成り立っている巨大な構造体です。人間の浅はかな知恵では、この「森」という営みのすべてを知り尽くすことはできません。けれども、森の途方もない複雑さの中に分けいってその声に耳を傾けることは、自分は何者か、生きるとは何かといった問いに対して大きな示唆を与えてくれます。
本書では、このように森から着想を得て制作してきた作品の中から、親しみやすいちょっとユーモラスな生きもののイラストや彫刻作品をセレクトしました。
↑
引用ここまで。
詳細やご購入は草枕社のウェブサイト
↓
http://www.kusamakurasha.com/
またはぼくに直接お申し込みください。ぼくの個展会場などにも置きまーす。
「みちくさ市」開催中
20200521
ギャラリー麓人舎のプレオープン企画「みちくさ市」開催中です。
もともと、整理して出てきたたくさんの物品を処分したいという親類や知人のために開いているガレージセールです。儲けることよりも「なくなってくれること」が第一なので、無料とか10円とか、破格の値段のものもたくさんあります。まだまだいいもの残っていますのでぜひ足をお運びください。
「大泉にリサイクルショップができたんだって〜」といううわさも流れているようですが、今後はリサイクルショップではなく作品展やイベントなどの貸しスペースとして、また自分自身の本業であるアートの個展会場としてこの空間を活用していく予定です。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
「みちくさ市」開催!
20200430
我が家を改装した「ギャラリー麓人舎(ろくじんしゃ)」のオープン企画第一弾、明日からです。
わけあってアートではなくガレージセールですが、ペンションの整理品や考古学の先生の蔵書など、ほんとうにいいものからがらくたまで、あきれるくらいいろいろなものがあります。
ぜひ見にきて、あきれてください。
詳しくはチラシ画像参照。















